銀の風

一章・新たなる危機の幕開け
―13話・竜神が告げた不吉な影―



しばらく待っていると、ゆったりとした美しい衣装を纏った巫女が現れた。
人間で言うならば、年の頃は30歳台に入ったばかりか。鮮やかな緑の髪が目を引く。
その後ろを、彼女によく似た幼い少女がつき従っていた。こちらは、まだ人間で言うと7、8歳だろう。
巫女が、祭壇の前に立った。手には、竜の姿を模した杖を持っている。
「これより、降臨の儀を始めます。皆の者、決してわたくしの集中を乱すことのないように。」
凛と澄み渡る落ち着いた声が、水を打ったように静まりかえる空間に響く。
反響するような構造なのだろうか、反響した音もよく響く。
そして、巫女が祭壇に上がった。
竜が好む特別な酒、竜の化身といわれる木で作られた偶像、竜を呼ぶと言われる石。
これらは皆、祭具である。この日のためだけの、特別なものだ。
「高き空のその果て、太陽と月の世界。その場所を飛翔する、天空の覇者・偉大なる竜神の一人よ。
天を守護すし、空を舞うあらゆるものを従える。
そして、未来を見据えるといわれるその魔力。
その御力を、わが身に降りてふるいたまえ……竜神降臨。」
詠唱を終えた途端、柔らかく輝く光が巫女を包む。
巫女の背に光で出来た竜の翼が生え、ふわりと宙に浮き上がる。
その光景を見た村人達が、おおっと歓声を漏らす。
なんとも神秘的な光景だ。思わず、一行も目を奪われた。
(きれ〜……)
アルテマが、わずかに声を漏らした。
“我を崇めるルーンの民達よ……。今年もそなたらに、我が見た未来を告げよう。
心して聞くがいい。”
人々の緊張が高まる。空気が、まるで糸の様に張り詰めた。
皆、竜神が憑いた巫女がつむぐ言葉を待っている。
「尊き竜神様、あなた様はどのような未来をご覧になったのでしょうか?」
祭壇のそばに控えていた神官が、恭しい態度でたずねる。
“昨夜見た未来は……決して良きものではなかった。
このままならば、この世界には静かな滅びが訪れてしまうであろう。”
動揺が走った。ざわざわと、民衆がどよめき始める。
皆不安げな表情で、周りの者たちと会話を交わす。
一行も、驚いてお互い顔を見合わせた。
「皆の者、静まるのだ!竜神様のお言葉は、まだ途中である!!」
神官の一声で、再び場は静寂を取り戻した。
それを見計らって、再び巫女が口を開く。
“全ての生き物は死滅し、この地界は崩壊してしまう。
だが……それを回避する術が、たった一つだけある。”
再びどよめきかけたが、神官が制する動作をすると、間をおかず収まった。
“次期巫女の、ルーンの民が住まう地への巡礼を早急に行え。
さすれば、その道中で滅びを防ぐ手立てを見つけよう……。”
今度は誰も騒がなかった。
あまりの驚きで、目を見開いて固まっている。
―つまんねぇ……
一行はため息をついた。一大イベントと言うから、どんなものかと思ってみれば。
皆が注目しているうちにさっさと出てしまおうと、
リトラは他の二人と一匹をつつき、かがんで部屋をこっそり出てしまった。


―旅の宿・竜の寝床―
あっさりと出てきてしまった一行は、その足で村の宿屋に向かった。
だが、この重要な行事のために今は店を閉めている。
「参ったねー……リトラ、あんたどうすんの?」
アルテマがドアノブを乱暴に回してみるが、しっかり鍵がかけてある。
ガチャガチャと音が鳴るだけで、全く開かない。
だが、まさか剣で扉を叩き割るわけにも行かないのであきらめる。
「どっこも店は開いてねーのか?」
きょろきょろと辺りを見回すが、人っ子一人居ない。
重要性がうかがい知れるが、それで宿がしまっているのだ。
今は迷惑でしかない。
「おなかすいてきた〜……」
その上、こんな時だというのにお構いなくフィアスが空腹を訴える。
だが、生理現象は責めても仕方が無い。空を見上げれば、もう太陽がほぼ真上に来ていた。
ついでに、腹の虫がなる。
「……とりあえず、そこの茂みの向こうでお昼やなι」
リュフタの提案にうなずき、茂みを掻き分けて少し宿から離れる。
そこで円になるように座り込み、
リトラが腰のバッグから大量に買い込んであったパンや携帯食品の類を広げた。
「よっと。」
どさどさと、パンや干し肉が転がり出てくる。
「わ〜いわ〜い!」
フィアスは、大喜びで巨大なパンにかぶりついた。
あっという間に、パンは3分の1ほども平らげられる。
「ほんっとに……前から思ってたけどさ、あんたのそれどーいう風になってるわけ?
どこにそんな大量の物が入るんだか。」
あれだけの物が、腰にある小さなバッグに入るのは物理的に不可能としか思えない。
だが、現実にはそれを悠々と収めてしまう。
助かることは助かるが、不思議を通り越して不気味である。一体どんな魔法を掛けてあるのだ。
「うちも不思議何やけどな〜。
なありトラはん、あんさんはおかしいと思わんの?」
リュフタも気になっていたらしい。食べながら、首をかしげている。
「ん〜……別に。元からこうだったし。」
何がおかしいんだと言わんばかりに、きょとんとした顔でさらりと答えをよこす。
「え゛……ちょ、ちょっと待ってよ!も、元からぁ?!」
この不気味な収納力は、魔法ですらないと言うのだろうか。
だとしたら、余計恐ろしい話である。
「ねーねー、どこで買ったの??」
あわあわと、声にならない声を出して硬直しているアルテマとリュフタを尻目に、
無謀にも更なる疑問をぶつける。
「ちげーよ。これはじいちゃんにもらったんだ。
だから、何で無限に入るのかは俺しらねーよ。」
首を横に振るリトラ。ともすれば、流してしまうほどさらりと言ってのけた。
「そっか〜。じゃあわかんないね〜。」
二人とも、そこで何故疑問に思わないと追求したかったが、
その気力すらわかないアルテマ。
「なあ……その仕組み、何もきいとらんの?」
恐る恐る、リュフタが最後の疑問を投げかける。
「ん〜……そーいえばそうだな。リアに戻ったら、今度聞いてみるか。
おめーら、知りたいんだろ?」
人の気も知らないで。と、声を大にして叫びたいところだ。
もっとも、叫んだところで無駄なのは目に見えている。
『結構……。』
アルテマとリュフタの声がきれいに重なった。
それを、不思議そうな面持ちで見るリトラとフィアス。
リトラのバッグ……それは、このパーティの最大の不思議となった。



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ずいぶん妙な落ちに……。何でしょうこれは(おい
ん〜……しかし、自分で作っておいて言うのもなんですが、
本当にリトラのバッグはどういう構造になってるんだろう・・。